※神社と寺院と日本人の寛容性について

いうまでもなく、神社には神様がおまつりされており、寺院には仏様がおまつりされています。

日本では長く神仏混淆の時代を経ている影響から、現在もその区別が曖昧なところがあります。神社を「お寺」と呼んだり、お寺を「神社」と呼んだりする方もいます。確かに寺院の中に神社があったり、鳥居があったり、分かりにくい場合もあります。

しかし、その区別が分からないまま、神社の御神札を寺院に納めたり、寺院のお経を神社に納めたりしては、どちらに対しても大変失礼な事になります。それぞれを理解しなければ、それぞれに敬意をもつ事も困難です。

 

殆どの神職・僧侶はそれぞれを尊重し、敬意をもってお詣りもしていますし、一般の方もどちらへも手を合わせています。

国外から見ると、そのような行動は大変不思議に感じるようですが、信仰は人が和する為にあり、対立する為にあるものではありません。

日本人のもつこうした寛容性は、世界が狭くなった今、人類が共生して行く為には絶対に必要な優れた特質です。

我々日本人はあまりこうした特質の自覚はありませんが、実は古くから生活の中で実践してきています。

 

自らの信仰・伝統・文化に誇りを持ちながら、他の信仰や文化・民族性に敬意をはらい寛容性をもって共生して行く事が今後の地球を救う唯一の方法です。対立や自己の優位を前提とした先には破綻が待つばかりです。

神社へお詣りの際、一度こうした自覚をもって手を合わせて見る事も大切です。

 

参考 神社でおまつりされる神様のやさしい解説(神社本庁site)